2.秘密



2025-04-29 22:44:09
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捜索願を出したものの、父の行方がわからないまま一ヶ月が過ぎた。
 父の周囲の人々は「多忙と妻の死からくるストレスで、健忘症にでもなったのではないか?」という見解で一致していた。妻の不貞に気づいた素振りを見せたり、誰かに相談したりはしていなかったらしい。
 真相を探れるのは、やはり手帳を持っている自分だけかもしれない、と冬雅は思った。それに、あれだけ愛情を注いでくれたはずの母が、自分よりも深く愛し求めた存在を探し出したかった。最後に遺した言葉の意味や、手帳にしるされた「ふたりだけのひみつ」を知りたかった。
 
冬雅は手帳を持ち歩き、暇さえあれば写真や書き込みを1ページずつじっくり読みこみ、時にゆるく結ばれ、穏やかに笑み、苦痛と快楽にゆがみ、あえぎ、濡れて悶えている厚く柔らかそうな唇をつぶさに見たが、何もわからなかった。
 そうするうち、寝際に写真の男の影がちらつくようになった。はっきりとした像ではないが、確かにそこに居るのがわかる。
――ザリャ、おまえはどこにいる?なんで母さんと関係を持った?なんで……
 問いかけながら眠るのが常になった。
 
目覚めて何気なく鏡を見た冬雅は驚愕した。棺の中で見た母の死に顔によく似た、やつれた顔がそこにあった。
 少し伸びた髪に艶はなく縺れ、母があたしに似てる、と慈しんでくれた、二重の大きな目は光を無くし青黒い隈が浮かんでいる。頬は削げ、肌は荒れて全体的にくすんでいる。
――もう限界かもしれない
 重い気持ちで手帳をパラパラと捲っていると、カバーの隙間から床に何かが落ちた。
 名刺ほどの大きさの緑色のカードだ。古めかしい雰囲気の書体で「古書ヤガ-Доми Тенай- 本とアンティークの店」と刻印され、裏面には簡単な地図と住所が記されていた。
 冬雅は直感的に、これが写真の男の居所だと思った。母は昔から年代物の装飾品が好きだったし、古い詩集や海外の絵本を収集し眺めるのが好きだった。暇を見ては趣のあるアンティークショップや古書店を巡ったりもしていた――冬雅には「一緒に来ても退屈なだけよ」と同行を拒んで。