父のことを聞けないまま逃げるように店を後にして、それからずっと冬雅の意識の底で、あの男――ザリャが呟いた言葉が蠢き続けていた。
夜ごと眠る直前には、あの舌の感触と共に水底から音もなく現れる魚のようにわきあがり、疼きに耐えきれず幾度か手淫した。
そうするたび、自分が母の愛人へ抱いていた感情が、憎悪や嫉妬から別のものに変容していくのがわかった。遺品の手帳は、今までと違った感情と共にいつも手元にあった。
スマートフォンのアラームで目を覚まし、画面に映し出されている「5/23」という日付を見た時、母が記したあの稚拙で猥雑な文が頭の中で響いて、いつになくくっきりと声や感触が蘇ってくるのを感じた。
枕元の手帳を手に取り、最後のページを開く。
――5/23、キスの日だからいっぱいした あんあんニャアニャアいってすごいかわいかった、ざりゃ
恍惚とした寝顔の写真に触れてみる。手と同じように温かかった、肩と背中の熱が蘇る。もう一度触れてみたい、と思った時、唇から唾液が滴り写真を汚した。
ああ、汚れてしまった、とぼんやり思いつつ、冬雅はそれを指先で熱心に塗りつけていた。
夜ごと眠る直前には、あの舌の感触と共に水底から音もなく現れる魚のようにわきあがり、疼きに耐えきれず幾度か手淫した。
そうするたび、自分が母の愛人へ抱いていた感情が、憎悪や嫉妬から別のものに変容していくのがわかった。遺品の手帳は、今までと違った感情と共にいつも手元にあった。
スマートフォンのアラームで目を覚まし、画面に映し出されている「5/23」という日付を見た時、母が記したあの稚拙で猥雑な文が頭の中で響いて、いつになくくっきりと声や感触が蘇ってくるのを感じた。
枕元の手帳を手に取り、最後のページを開く。
――5/23、キスの日だからいっぱいした あんあんニャアニャアいってすごいかわいかった、ざりゃ
恍惚とした寝顔の写真に触れてみる。手と同じように温かかった、肩と背中の熱が蘇る。もう一度触れてみたい、と思った時、唇から唾液が滴り写真を汚した。
ああ、汚れてしまった、とぼんやり思いつつ、冬雅はそれを指先で熱心に塗りつけていた。