ひたすら自分を追い続ける視線がある。
姿は見えない。ただ、どこかからじっと観察されている。というか、粘りつくような熱を持ってじっと「見られている」のがわかる。悪霊や呪いとは違う、あきらかに人間の視線だ。
気まぐれに立ち寄った客が出しっぱなしにした本を棚に戻す時。バックヤードで食事している時。髪を解き、体を洗っている時。眠る前、夢見の火の霊に祈る時。
――あいつがあの時と同じことをしている
まどろみつつザリャは思った。その間も視線はどこかから注がれていた。
――町を案内して欲しいんだ
「秘密」を探して来た青年に似た声が遠く聞こえる。ぼんやりした視界に、太陽を背にした男の陰った顔がある。
男の名前も素性もよく知らない。しかし、数日前から彼がこちらをずっと見ているのには気づいていた。見ている、というよりは監視されているような感じだった。きっと彼は、こちらが町外れで祖母と二人でひっそり暮らしていることも、古い言い伝えになぞらえて、畏れられつつ疎まれていることも知っている。
――いい子だね、ほら、これをあげるから
手のひらに数枚の硬貨とお菓子を握らされ、戸惑っていると相手は有無を言わさずこちらの手を取った。
引かれるまま歩き続け、気づくといつしか薄暗い部屋の一角にたどり着いている。一つだけある四角い窓の前に立つ男の顔は相変わらず見えない。掴まれたままの手を振りほどきたかったが、逆にきつく握りしめられ、強引に引き寄せられた。
息が吹きかかるほど間近な暗い顔の中で、こちらを見ている目だけが水面のように光っている。
――火の目の子の……恵みだとか呪いだとか……本当なのかな
男の声にはせせら笑うような響きがあり、湿って歪んでいた。掴まれた手が汗でべとつく肌に押し当てられ、ささくれた指が頬をなぞる。
――試してみようか。その呪いとかいうのが、どんなふうか
ベッドに顔を押し付けられ、片目で見上げた窓の先には誘蛾灯がある。蛾が灯に体を打ち付けはぜる音と、男のうめき声とが重なりつつ断続的に聞こえる。
――ああ、ああ、いい、これが、のろいっていうなら……ああ……
夏至らしい青みがかった闇の中でザリャは目を覚ました。
こんなにはっきりと「あの日」の夢を見るのは久しぶりだった。夢の中で掴まれた腕に跡さえ残っているような気がした。
――実際味わう呪いの味はどうだ?相変わらず「いい」のか?それとも
注がれる視線に向かって問い、目を瞑ったまま意識を向けてみる。透明な糸をじりじりと手繰り寄せる。記憶をたどって思い浮かべるのと同じように、視線の先の光景がおぼろげに見えてくる。
がらんとした部屋――おそらくこの家の近くにある雑居ビルの空室――に、いくつかモニタやスマートフォンが散らかり、画面にはこの家の各部屋が映し出されている。ちらつく光の真ん中にはうずくまっている人影がある。荒い息をし、うっすら汗を浮かべている。どうやら発熱しているらしい。そして何事かしきりにつぶやきながら画面を食い入るように見ている。
――のろいのろい火の目の子の、のろいのろい火の目の……
しわがれた声は、初めて耳にしたときと同じように湿って歪んでいるが、哀れなほど震えている。
己が灯した呪いの火に怯えているのだ。
ザリャは満足気に笑ってゆっくり目を開けた。空室のモニタにその炎のような目が映しだされると、男は悲鳴を上げて悶えた。
姿は見えない。ただ、どこかからじっと観察されている。というか、粘りつくような熱を持ってじっと「見られている」のがわかる。悪霊や呪いとは違う、あきらかに人間の視線だ。
気まぐれに立ち寄った客が出しっぱなしにした本を棚に戻す時。バックヤードで食事している時。髪を解き、体を洗っている時。眠る前、夢見の火の霊に祈る時。
――あいつがあの時と同じことをしている
まどろみつつザリャは思った。その間も視線はどこかから注がれていた。
――町を案内して欲しいんだ
「秘密」を探して来た青年に似た声が遠く聞こえる。ぼんやりした視界に、太陽を背にした男の陰った顔がある。
男の名前も素性もよく知らない。しかし、数日前から彼がこちらをずっと見ているのには気づいていた。見ている、というよりは監視されているような感じだった。きっと彼は、こちらが町外れで祖母と二人でひっそり暮らしていることも、古い言い伝えになぞらえて、畏れられつつ疎まれていることも知っている。
――いい子だね、ほら、これをあげるから
手のひらに数枚の硬貨とお菓子を握らされ、戸惑っていると相手は有無を言わさずこちらの手を取った。
引かれるまま歩き続け、気づくといつしか薄暗い部屋の一角にたどり着いている。一つだけある四角い窓の前に立つ男の顔は相変わらず見えない。掴まれたままの手を振りほどきたかったが、逆にきつく握りしめられ、強引に引き寄せられた。
息が吹きかかるほど間近な暗い顔の中で、こちらを見ている目だけが水面のように光っている。
――火の目の子の……恵みだとか呪いだとか……本当なのかな
男の声にはせせら笑うような響きがあり、湿って歪んでいた。掴まれた手が汗でべとつく肌に押し当てられ、ささくれた指が頬をなぞる。
――試してみようか。その呪いとかいうのが、どんなふうか
ベッドに顔を押し付けられ、片目で見上げた窓の先には誘蛾灯がある。蛾が灯に体を打ち付けはぜる音と、男のうめき声とが重なりつつ断続的に聞こえる。
――ああ、ああ、いい、これが、のろいっていうなら……ああ……
夏至らしい青みがかった闇の中でザリャは目を覚ました。
こんなにはっきりと「あの日」の夢を見るのは久しぶりだった。夢の中で掴まれた腕に跡さえ残っているような気がした。
――実際味わう呪いの味はどうだ?相変わらず「いい」のか?それとも
注がれる視線に向かって問い、目を瞑ったまま意識を向けてみる。透明な糸をじりじりと手繰り寄せる。記憶をたどって思い浮かべるのと同じように、視線の先の光景がおぼろげに見えてくる。
がらんとした部屋――おそらくこの家の近くにある雑居ビルの空室――に、いくつかモニタやスマートフォンが散らかり、画面にはこの家の各部屋が映し出されている。ちらつく光の真ん中にはうずくまっている人影がある。荒い息をし、うっすら汗を浮かべている。どうやら発熱しているらしい。そして何事かしきりにつぶやきながら画面を食い入るように見ている。
――のろいのろい火の目の子の、のろいのろい火の目の……
しわがれた声は、初めて耳にしたときと同じように湿って歪んでいるが、哀れなほど震えている。
己が灯した呪いの火に怯えているのだ。
ザリャは満足気に笑ってゆっくり目を開けた。空室のモニタにその炎のような目が映しだされると、男は悲鳴を上げて悶えた。